西国第十七番
補陀洛山 六波羅蜜寺
(ふだらくさん ろくはらみつじ)

 京都市東山区松原通大和大路東入二丁目
 JR「京都」駅下車。京都駅から京都市バス[206]系統(東山通・北大路バスターミナル行き)又は[100]系統(祇園・平安神宮行き)に乗車し、「清水道」で下車する。松原通を西の方向に約300m進み、左折し数10mで六波羅蜜寺に着く。バス停から徒歩約10分。
 阪急京都線「河原町」駅下車。地上に出て京都市バス[207]系統(祇園・九条車庫行き)に乗車し、「清水道」で下車する。松原通を西の方向に約300m進み、左折し数10mで六波羅蜜寺に着く。バス停から徒歩約10分。
 京阪電車「五条」駅下車。地上に出て五条通(国道1号線)を東の方向に約300m進み、国道1号線に架かる陸橋傍で北の方向に折れ、大和大路通を約150m進むとやや広い通り(柿町通:六波羅裏門通)と交差する。六波羅蜜寺への標識に従って、右折(東の方向)し約150m進むと六波羅蜜寺に着く。駅から徒歩約15分。

宗派:真言宗智山派

本尊:十一面観世音菩薩

開基:空也上人


 醍醐天皇の第二皇子光勝空也上人は、当時京都で流行していた悪病を退散させるため、十一面観世音菩薩を刻み、天暦5年(951年)に堂を建て、この観音像を祀ったとされ、これがこの寺の創始と伝えられている。

 応和3年(963年)には当時の名僧600人を請じ、諸堂の落慶供養を盛大に営んだという。当時は寺域も広く、平氏の邸館や鎌倉幕府の探題も置かれ、源平盛衰の史跡の中心だったようである。

 当初、この寺は西光寺と呼ばれていたが、空也上人の没後、六波羅蜜寺に改められたとされている。

 六波羅蜜寺は町の中にあり、一般の民家が寺の傍まで迫っており、車の往来する道路も寺に近接している。従って、寺の規模も小さく、ここには普通よく見られるような山門もない。

 「本堂」は道路に面し、道路に近接して建てられている。 現存の本堂は貞治2年(1363年)に建てられたものとされており、明治以後荒廃していたが、昭和44年(1969年)に解体修理され現在に至っているようである。

「本堂」は重要文化財に指定されている。

 
 
境内には「本堂」の南側に設けられている入り口がある。

 宝物館に所蔵され重要文化財に指定されている木像の中で最も強く印象に残ったのは、「空也上人立像」であろう。

 手に撞木と鹿の角を付けた杖を持ち、草鞋を履き、また、念仏を唱える口からは六体の阿弥陀仏が現れたという伝承も木像に表現されている。

御詠歌

重くとも五つの罪はよもあらじ六波羅堂へ参る身なれば