京都市東山区泉涌寺山内町 |
![]() JR奈良線「東福寺」駅又は京阪本線「東福寺」駅下車。改札口を出て駅南側にある高架道路に沿って東の方向に進み、京都第一日赤病院の前を通り、泉涌寺道交差点で右折し、東の方向へ道なりに「今熊野観音寺」への道筋を示す標識に従って進む。「東福寺」駅から徒歩約25分。 JR「京都」駅前から京都市バス([208]系統「東福寺・九条車庫」行き)に乗車し「泉涌寺道」バス停で下車すると、JRや京阪電車を利用する場合よりも歩く距離は短くなるが、バスの運行頻度、乗車時間などからみて、JR又は京阪電車を利用する方がよい。 |
宗派:真言宗泉涌寺派 本尊:十一面観世音菩薩 開基:弘法大師空海 |
![]() |
弘仁年間(825年頃)に弘法大師が熊野権現の化身から観音霊地の霊示を受け、嵯峨天皇の勅願により観音像を刻んで本尊とし草堂に安置したのが当寺の創始といわれている。また、斉衡年間(854〜857年)に左大臣藤原緒嗣が伽藍を造営したとも伝えられている。 後白河法皇は本尊を深く信仰し、霊験により持病の頭痛が平癒したので、本寺に「新那智山・今熊野」の名称を与えられ、以来、頭痛、中風、厄除けの観音として繁栄してきたという。 本寺は「観音寺」の名称よりも、一般には「今熊野」や「今熊野観音」の呼び名の方で親しまれている。 |
![]() |
参道を進むと朱塗りの「鳥居橋」と『今熊野観音寺』と刻まれた石柱があり、ここから奥が観音寺の境内になっているように思われるが、通常の寺院に見られるような山門がない。 |
![]() |
本堂は二重屋根の堂々とした造りであり、かつての大寺の雰囲気を漂わせている。 本堂の厨子内に安置されている「本尊」は弘法大師の作と伝えられている。 観音寺は「頭の観音」といわれているように、「ぼけ封じ祈願」の寺としてよく知られている。 |
![]() |
本堂の前から見て、右側の山の斜面に朱塗りの多宝塔が見える。昭和59年に完成したとのことで見た目にも新しい。 この塔は「医聖堂」と呼ばれ、日本の医学の発展に貢献した人々を祀っており、奈良・平安時代から江戸時代までの122人の医家の氏名が刻まれた碑が塔の傍に建てられている。明治以降の医家の氏名は刻まれていない。 122人の中には貝原益軒、前野良沢、杉田玄白、華岡青州、高野長英、緒方洪庵など一般によく知られている人の氏名も見ることができる。 |
| 御詠歌 昔より立つとも知らぬ今熊野ほとけの誓いあらたなりけり |